こんばんは!
takabonblog.comのたかぼんです。
初めまして!
たかぼんの妻のよっこです。
おっと!何ゆえにここへ・・・。
失礼!
昔の懐かしい話を聞きにきたの。
あっ了解!
昨日は筆者の高校時代の夢や、
ギターを弾くきっかけなどを書かせていただきました。
今日は筆者が幼稚園に入る前くらいの時期に、
筆者の実家にあった、懐かしのジュークボックスについて
書いてみようかなと思います。
筆者の実家の純喫茶にあったジュークボックス
筆者の実家では、1957年頃から純喫茶の経営をしていました。
ずいぶんと昔からお店をやってたんだね~。
そう!今(2019年11月29日)現在でもコーヒー専門店として、美味しいコーヒーを提供してるねんで~。
それぐらい知ってるよ!何回も行って美味しいコーヒーを飲んでるねんから!
そらそうやな~!
筆者の父親は1936(昭和11)年生まれなので、今年(2019年)でもう83歳ですが、今でも現役で元気にコーヒー専門店を経営しています。
じいちゃんがんばって~!
さて、筆者が4〜5歳くらいの時なんですが、店内にはでっかいジュークボックスと言って、機械の中にたくさんのレコードが入ってる装置を置いていました。
当時は喫茶店でもアルコール類のメニューもあったので、夜はお酒を飲むお客さんも少なくはなかったと思います。
なるほど!私もお酒が大好きやから、
その当時のお店に1回行ってみたかったな~!
そんなお酒を飲んでるお客さんが、ジュークボックスにお金を入れてよく聴かれてた歌が、これまた懐かしいんです。
へ~!例えばどんな曲?
例えばとんな曲かと言うと、藤圭子さんが歌っていた、「圭子の夢は夜ひらく」って歌なんかもよくかかってたよ。
藤圭子さんと言えば、あの宇多田ヒカルのお母さんじゃない?
そうそう!よくご存じで!
なかなかきれいな顔立ちの方でしたが、歌声がかなりの迫力の持ち主です。
他にもよくかかっていた曲はないの?
まだまだあるよ!
これもなかなか執念深い女性の歌やねんけど、梶芽衣子さんの「恨み節」なんかもよくかかってたよ!
そうなんだね!
けっこう怖そうな歌が多かったんだね。
そうそう!
ちょっとほろ酔い気分で歌ってるお客さんとかを子供ながらに見てて、
あの時代は筆者には何も悩み事もなかったなぁと実感しているよ笑笑
どっちにしてもジュークボックスは、
我々年代の方には懐かしいツールだと言えそうです。
とにかくレコードが百数十枚は入ってた記憶があります。
今でしたらスマホのデータににそれ以上の曲数が十分に入りますが・・・。
それにしても便利な時代になったもんやねぇ~。
確かに便利になったよね。
今やレコードを持っている人もほとんんどいないもんね。
今と昔のどっちがええかは別として、
昔は一曲一曲に重みがあったように感じるわ。
だって一曲聴くのにレコードを慎重に扱っていたわけでしょ?
そりゃ~重みがあるわ~!
現在その店舗にはジュークボックス自体はなくなったけど、
コーヒー専門店としてはまだまだ営業してるねんもんな~。
これからも淹れたてのコーヒーを
ずっと提供できたらええなと思っています。
コーヒー専門店の場所はこちらです!
お近くの方であれば、
ぜひ一度行ってあげてください!
年老いた筆者の父親と母親が
それと筆者の姉貴が
今でもがんばっています!
そのうち筆者の娘も参戦してたりして・・・?
最後までお読みいただきありがとうございました。
感謝いたします。
少しでもあなたのお役に立てたらうれしいです。
ではまた!
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